『蛇恋-Jaren-』 劇評:大木一史(演出・脚本家)

NHKでの「おしん」を始め、TBSでも数々のドラマの演出を手掛けられた大木一史氏に最新作『蛇恋-Jaren-』の劇評をお寄せ頂きました。
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今日は、浅草の近くにあるとある寺の本堂で特別なもの観てしまった。人形師百鬼ゆめひな(飯田美千香)さんの等身大の人形を使った公演だ。安珍・清姫伝説を脚色した劇だが、この際ストーリーなど大した意味を持たないと敢えて暴言を吐いてしまおう。そう、人形とゆめひなさんの奏でる一瞬一瞬にただひたすら身と心を委ねればいいいのだ。さすれば自ずと誰しもが至福の境地へと達するであろう。といった次第ですっかり圧倒されてしまったのだ。人形たちの感情の息吹に、極限まで鍛えられた肉体の躍動に、そして心の一番深い底の底に潜む情念の炸裂に・・・ふとその時、隣席に座っていた有名脚本家のKさんが立ち上がって壁際へ移動し始めた。前方の客が視界を遮るのに耐えられなくなったのだ。自分も釣られて席を立った。しかし見回すといつのまにか大半の客が立ち尽くしている。劇のあまりの強烈さに見とれしまって会場全体がほぼ総立ちの状態になっていたのだ。とその時、人形師が演ずる仮面の女が、人形師自らか操る僧侶に跨り襲い掛かった。その瞬間、着物のすそが乱れた。生身の太ももが前触れもなく突然現れた。人形たちの世界に生々しい肉体がほんの一瞬姿を現したのだ。その特権的瞬間の何と感動的な事か、もはや筆舌に尽くしがたい。エロスの何たるかをこの年で漸く分かった気になった。だが、エロスは、忽ち死の世界に取って代わられるのも世の宿命。雷が落ち、女は恐ろしいものへと変貌していくのである。エロスと死、この世とあの世、人間と人形が境界線を飄々と跨ぎながら入れ替わって行く様に、後はただただ茫然とするのみであった。

劇が終わるや否や、私とKさんはそそくさと公演場所を後にした。名も知れぬ小さな飲屋に飛び込み、感動の興奮さめやらぬまま杯を交わし始めた。
いつしか下町の夜は更けて行った。